【連載】まんなかに子どもがいる保育 ー ともに育ち合うために
島根県立大学人間文化学部保育教育学科・准教授
水内 豊和(みずうち とよかず)

第1 回 “早くより、いっしょに”―保護者と共に歩む支援
第2 回 こだわりや“好き”を力にかえる―遊びの中で育つ子どもの自信
第3 回 みんなと一緒に育つ―多様性を認め合うインクルーシブな保育
第2 回 こだわりや「好き」を力にかえる—遊びの中で育つ子どもの自信
保育所では運動会を秋に行うことが多いですが、小学校では近頃、5 月に行うところも多
くなりました。練習や本番準備で慌ただしくなるこの時期、私はよく、小学生の頃から⾧く
関わってきた男の子のことを思い出します。彼は、保育所の年少のときの運動会ではずっと
耳をふさいでしゃがみ込み、生活発表会では遊戯室の隅で床に寝そべったまま、何も披露で
きずに終わってしまったそうです。来談されたとき、お母さんは「あの日のことは今でも涙
が出る」と、当時を振り返ってくださいました。聴覚や視覚に過敏さがあり、音楽も歓声も、
たくさんの視線も、彼にはしんどかったのだと思います。親戚の集まりで、きょうだいやい
とこたちとカラオケに連れて行かれたときには、部屋にいられず飛び出して、迷子になった
こともあったそうです。
小学校高学年ぐらいになった頃、私が「いろいろな音はまだ嫌?」と聞いてみたところ、
彼は「これをかぶると少しはマシ」とパーカーのフードを指さしてくれました。以来、感覚
過敏への対処法の一例として、私は研修会などで「フード付きの服」を紹介しています(あ
くまで、この子のケースです)。
そんな彼が高校生になり、なんと自分から友達とカラオケに行き、そこで97 点を出すよ
うになったというのですから、二度たまげました。あれほど音が苦手だった子が、です。一
般に、90 点以上を出せる人は、そう多くありません。彼いわく、「ロングトーンでビブラー
トを利かせると加点が乗る」「A 社の機種の方がB 社よりも自分に合う」「曲ごとに設定さ
れた音程を機械のようになぞるのが得意」とのこと。聴覚の過敏さがなくなったわけではな
いのでしょう。けれど「自分の好き」の中では、その鋭敏さがそのまま強みに変わっていた
のです。高校時代にはアコースティックギターを買ってもらって弾き語りを始め、大学生に
なった今は、飲食店の接客のバイトで稼いだお金で、音楽教室のボイストレーニングも受け
ています。音楽は彼にとって、生涯にわたる楽しみになっていくことでしょう。
「好きこそものの上手なれ」とは、よく言ったものです。苦手だったはずのものを、「好き」
があっさり飛び越えていくことがあるのです。子どもにとって「好き」や「こだわり」
は、ただの楽しみではなく、「自分はこれが得意なんだ」「ここにいて、これをしていてもい
いんだ。認められるんだ」という、小さな自信の芽でもあります。
運動会や生活発表会などでは、本番だけでなく練習段階から、今も耳をふさいで立ち尽く
している子がいるかもしれません。お集まりに入れない子、隅っこにいる子もいるかもしれ
ません。その姿を見ると、大人の方がつい焦ってしまうものです。けれどその子の中にも、
まだ出会えていない「好き」が眠っているのかもしれません。保育の場では、その小さな芽
を見つけたらそっと拾い上げ、保護者にも伝えていっていただきたいと思います。「昨日よ
り今日」という短期的な見方では劇的な成⾧は感じられないかもしれませんが、「昨年より
今年」という視点で見てみるとどうでしょうか。その萌芽が明確になるのは、「保育所時代
よりも小学校に上がってから」、あるいは「子ども時代ではなく大人になってから」かもし
れません。親や支援者など周囲の大人は、ともすれば同年齢の子どもとの比較で見てしまう
かもしれませんが、その子自身の発達の軸で捉えてみることはとても大切です。そしてご家
庭でも、お子さんが何かに夢中になっている時間を「ただの遊び」と片付けず、できる範囲
で見守ったり、ときには付き合ったりしてあげてください。もちろん、育児だけでなく仕事
や家事にも追われる毎日の中で、いつも十分に応じることは簡単ではありません。それでも、
特定の絵本の同じページを何度も読んでほしがること、季節や天気に関係なく決まったル
ートで散歩したがること、ひたすらミニカーを並べたり、ビー玉を転がしたりすることにも、
子どもにとっては大切な意味があるのです。そして子どもの「好き」や「こだわり」は、い
つかその子自身を支える力になっていきます。子どもをまんなかに置いた保育とは、その
「特異」な部分が「得意」になるよう、保育者と保護者がいっしょに守り育てていくことな
のではないかと、私は思っています。

水内 豊和 (みずうち とよかず)
島根県立大学人間文化学部保育教育学科・准教授
公認心理師、博士(教育情報学)
長年、発達障がいのある子どもやその家族の心理・発達相談支援、市町村の保健センターの乳幼児健診の心理発達相談員、保育所巡回相談、大人の余暇サークルなど発達臨床にかかわる。発達障がい児の保護者のペアレントトレーニング、発達障がい児のソーシャルスキルトレーニングなど。親子サークルや親の会の運営なども。
主な著書に、『よくわかる障害児保育』(編著・ミネルヴァ書房)、『よくわかるインクルーシブ保育』(編著・ミネルヴァ書房)、『インクルーシブ社会の障害学入門』(単著・ジアース教育新社)ほか多数。
2024年9月から2025年3月まで、山陰中央新報の朝刊に「水内先生のみんなが主役!絵本の世界」という連載にて、障害をテーマにした絵本をわかりやすく解説していました。現在も、以下から無料で自由に読むことができます。
